キリスト教信仰の価値観

愛に根差し、神の奧義に形造られ、勇気と慈愛に生きる

“「すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです。この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。」
ローマ人への手紙11章36節”


「主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には開放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられてる人を自由の身とし、主の恵みの年を告げるために。」
ルカの福音書4章18‐19節

イエス・キリストは、その生涯と十字架の死、そして復活を通して、罪と恐れの力を打ち砕き、私たちが変えられ、和解し、豊かな命へと導かれる道を開いてくださいました。キリストは今も私たちの間に、そして私たちの内に生きておられ、恵みとあわれみに根ざした新しい生き方へと導いておられます。


私たちは、聖書のことばや静かな祈り、人との関わりや大自然の中で、聖霊の声に心を傾けていきます。そしてこの聖霊によって、神様の愛や思いやり、誠実さを表す実を結ぶ力が与えられ、子どもたちが今この地で、神様の御国を体現していく存在へと成長していくことを信じています。


聖書の中には、預言者や詩人、弟子たち、そして生けるキリストご自身の声が響いています。その真理は、ただ学ぶだけでなく、実際に従い、識別し、愛の行いを通して示されていくものです。


私たちは、恐れや自己中心から離れ、愛と赦しへと向かい、キリストにおいてすべてが新しくされる、絶え間ない変革の人生へと招かれています。救いは一瞬の出来事ではなく、日々、神が私たちの内に住み続け、働かれていることに気づき、感じながら生きていくことなのです。


私たちは、国や伝統を超えてこの深い帰属意識を育み、すべての人が神のかたちに造られ、神の家族である教会へ招かれている、ということを大切にしています。違いを尊重しながらも、正義と憐れみ、平和への共通の使命のもとに共に歩んでいます。


私たちは、「ライオンハート(勇気ある心)」を持つ学び手、すなわち神の揺るぎない愛に根ざし、謙虚な心で正しいことに勇敢に取り組み、思いやりをもって行動する生徒、教師、そしてご家族を育てたいと願っています。

敬意と好奇心をもって学ぶことは、聖なる行為となります。すべての教室、すべての問い、すべての発見が、神の知恵と創造性、そして神秘と出会う招きなのです。


私たちは、この召しに応えて、生き方としての信仰を大切にしています。それは、道徳的な優越感に立つのではなく、神の愛に根ざした信仰です。この信仰は、私たちに不正に立ち向かい、弱い立場の人々に心を寄せ、神が造られた世界を大切にすることを促します。

私たちは、すべての人が神によって尊い存在として造られていることを信じ、平和、赦し、対話、そして人と人とをつなぐ「架け橋」となることを目指して、和解の働き人として歩んでいきます。