キリスト教信仰の価値観
愛に根差し、神の奧義に形造られ、勇気と慈愛に生きる
バラーインターナショナルスクールにおける信仰告白は、私たちのコミュニティの精神的・霊的な基盤を表しています。キリスト教の伝統に根ざしながら、知恵と霊的な深み、そして世界への広い視野をもった思いやりを育むことを目指しています。これらの信念は、私たちが神を愛し、他者に仕え、複雑で美しい世界の中で誠実に生きるための指針となっています。
1. 私たちは三位一体の神を信じます — 神秘と臨在
私たちは、父なる神、子なるイエス・キリスト、聖霊の三つの人格において永遠に存在する唯一の神を信じています。神はすべて存在する者の源であり、支えであり、目的でもあります。
“「すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです。この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。」
ローマ人への手紙11章36節”
“神様は遠く離れた存在でも、私たちに無関心な方でもありません。むしろ、聖霊を通して私たち一人ひとりと深く関わり、生きた交わりへと招いてくださっています。これは単なる知識としての信仰ではなく、心と心がつながる超自然的な関係です。
祈りは神様との親しい対話となり、信頼はやがてすべてをゆだねる信仰へと変えられます。日々の一つひとつの瞬間が、神様の愛と力に触れる大切な出会いの場となるのです。この関係の中で、日常の生活が聖なるものとなり、私たちは人生のあらゆる場面において神様の働きを実感していくことができます。”
“「すべては神のもの。神はすべてを用いられます。行き止まりはなく、無駄なものもありません。すべては聖なるものです。」
― リチャード・ロール”
2. 私たちはイエス・キリストを信じます— 神のことばが人となられた方
私たちは、イエス・キリストこそが神の愛の完全な現れであり、完全に人であると同時に、完全に神であると信じています。おとめマリアから生まれ、当時の人々と共に生きられたイエスは、貧しい人々に福音を告げ、囚われた人々に自由をもたらし、限りない愛をもって人々に仕えられました。
「主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には開放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられてる人を自由の身とし、主の恵みの年を告げるために。」
ルカの福音書4章18‐19節
イエス・キリストは、その生涯と十字架の死、そして復活を通して、罪と恐れの力を打ち砕き、私たちが変えられ、和解し、豊かな命へと導かれる道を開いてくださいました。キリストは今も私たちの間に、そして私たちの内に生きておられ、恵みとあわれみに根ざした新しい生き方へと導いておられます。
私たちはイエスを、単なる歴史上の人物としてではなく、今も生きておられる心の導き手として従っています。その御霊(みたま)は、私たちが勇気と創造性、そして思いやりをもって生きる力を与えてくださいます。
“「キリスト者であるということは、赦しがたいものを赦すことです。なぜなら、神があなたの中の赦しがたいものを赦してくださったからです。」
― C.S.ルイス”
3. 私たちは、聖霊を信じます ― 私たちの内に宿られる方
聖霊は、私たち一人ひとりの内に住まわれる、神の親しいご臨在です。いのちを与える神の息吹として、目には見えませんが、私たちを導き、励まし、癒しと真理へと導いてくださる力として、働いておられます。聖霊は、神様との深いつながり、そして人と人との豊かな交わりへと私たちを招き、日々の生活の中で不思議と、しかし確かに働かれています。
私たちは、聖書のことばや静かな祈り、人との関わりや大自然の中で、聖霊の声に心を傾けていきます。そしてこの聖霊によって、神様の愛や思いやり、誠実さを表す実を結ぶ力が与えられ、子どもたちが今この地で、神様の御国を体現していく存在へと成長していくことを信じています。
“「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものに反対する律法はありません。」
ガラテヤ人への手紙5章22‐23節”
“「私たちの内にある聖霊は、恐れを焼き尽くし、すべてのものの中心にある愛を明らかにする秘められた炎です。」
― トーマス・マートン”
4. 私たちは、聖書が生きた真実を語っていると信じます
私たちは聖書を、聖霊に導かれた神聖な書物として認めています。聖書は神の愛と贖いの物語を語りかけるものであり、ただの規則集ではなく、私たちが深く考え、祈り、日々の生活で実践していくべき「生きた言葉」です。
聖書の中には、預言者や詩人、弟子たち、そして生けるキリストご自身の声が響いています。その真理は、ただ学ぶだけでなく、実際に従い、識別し、愛の行いを通して示されていくものです。
“「あなたのみことばは私の足のともしび 私の道の光です。」
詩篇119篇105節”
「聖書は物語です。私たちがその物語に身をゆだねるならば、神の心の内へと導いてくれます。」― フレデリック・ビューチナー
5. 私たちは、救いは神の恵みによって、信仰を通して与えられると信じています
救いとは、私たちが自分で得るものではなく、神の恵みの贈り物です。私たちは、神に委ねることと、神を信頼することを通して、この恵みを受け取ります。救いは、壊れた人間性を回復し、すべての被造物を神ご自身と和解させる、神の愛に満ちた働きです。
私たちは、恐れや自己中心から離れ、愛と赦しへと向かい、キリストにおいてすべてが新しくされる、絶え間ない変革の人生へと招かれています。救いは一瞬の出来事ではなく、日々、神が私たちの内に住み続け、働かれていることに気づき、感じながら生きていくことなのです。
「この恵みのゆえに、あなががたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。誰も誇ることのないためです。」エペソ人への手紙2章8‐9節
「恵みは、当たり前のように受け取るものではありません。なぜなら、いつも驚きとともにやってくるからです。」― フィリップ・ヤンシー
6. 私たちは教会を信じます ― 愛の共同体としての教会
教会とは単なる建物や組織ではなく、キリストのからだであり、聖霊に導かれた多様な共同体です。教会は、神の愛を示し、仕え、神がこの世界に描かれた夢を体現する使命を持っています。
私たちは、国や伝統を超えてこの深い帰属意識を育み、すべての人が神のかたちに造られ、神の家族である教会へ招かれている、ということを大切にしています。違いを尊重しながらも、正義と憐れみ、平和への共通の使命のもとに共に歩んでいます。
“「ちょうど、からだが一つでも、多くの部分があり、からだの部分が多くても、一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。私たちはみな、ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由人も、一つの御霊によってバプテスマを受けて、一つのからだとなりました。そして、みな一つの御霊を飲んだのです。実際、からだはただ一つの部分からではなく、多くの部分から成っています。」
第一コリント人への手紙12章12-14節”
“「教会とは、他者のために存在するときにのみ教会である。支配するのではなく、助け、仕えるものである。」
― ディートリヒ・ボンヘッファー”
7. 私たちは、教育が弟子訓練であると信じます
バラーインターナショナルスクールでは、教育とは単なる知識の伝達ではなく、霊的、知的、感情的、そして人間関係の全ての面において、一人ひとりの人格を大切に育てる神聖な事柄であると信じています。教育は、私たちが神のかたちに造られた存在であることを深く自覚し、それぞれに神から与えられた使命と運命に勇気を持って歩んでいく旅路です。
私たちは、「ライオンハート(勇気ある心)」を持つ学び手、すなわち神の揺るぎない愛に根ざし、謙虚な心で正しいことに勇敢に取り組み、思いやりをもって行動する生徒、教師、そしてご家族を育てたいと願っています。
敬意と好奇心をもって学ぶことは、聖なる行為となります。すべての教室、すべての問い、すべての発見が、神の知恵と創造性、そして神秘と出会う招きなのです。
「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟ることである。」箴言9章10節
“「良い教育は単なる技術に還元されるものではありません。良い教育は教師の人格と誠実さから生まれるのです。」
― パーカー・パーマー”
8. 私たちは、正義と和解、希望を掲げて、信仰に忠実に生きることを大切にしています
「主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。」ミカ書6章8節
私たちは、この召しに応えて、生き方としての信仰を大切にしています。それは、道徳的な優越感に立つのではなく、神の愛に根ざした信仰です。この信仰は、私たちに不正に立ち向かい、弱い立場の人々に心を寄せ、神が造られた世界を大切にすることを促します。
私たちは、すべての人が神によって尊い存在として造られていることを信じ、平和、赦し、対話、そして人と人とをつなぐ「架け橋」となることを目指して、和解の働き人として歩んでいきます。
そして、神がすべてを新しくされるという希望をもって生きています。苦しみや死が最後の答えではなく、いつか神の愛がすべてを満たし、癒す日が来ると信じているのです。その日が来るまで、私たちは喜びと謙遜、そして勇気をもって、祈り、学び、働き、教え続けます。なぜなら、一つひとつの学びと愛の行いが、地上における神の御国を築く一歩になると信じているからです。
“「共同体の真の偉大さは、その構成員たちが示す思いやりある行動によって最も正確に測られます。」
― コレッタ・スコット・キング”
おわりに
“私たちの信仰告白は、人々を分け隔てる「壁」ではなく、イエス・キリストによって示された神の愛の中へと、より深く生きることへの「招き」であり、「窓」です。
私たちはこの信仰の道を、神の奥深い神秘に敬意を払いながら、世界への思いやりを持ち、共に生きる共同体として歩んでいきます。”
“「本当の霊的な生き方とは、排除ではなく包み込むことです。それは、私たちをより小さな世界ではなく、もっと大きな現実へと招くものです。」
― リチャード・ロール”